2008年07月27日(日)
飛行機
旅行は好きだが長時間の移動には苦労する。
成田・バンクーバーは10時間、ヨーロッパの乗り継ぎでよく使われるスキポール、ヒースロー、フランクフルトなどいずれも12時間は覚悟しなければならない。仙台から新幹線、空港での搭乗手続きなど目的地に着くまで1日がかりで、成田前泊も結構ある。
機内での時間の使い方、エコノミー症候群対策、時差ボケ対等々大変。
妻は移動時間の使い方が上手でそれ自体を楽しんでいる。文庫本をたくさん買い込み、上映される映画も利用、機内で眠ることはほとんどしない。私は老眼のせいもあって本は苦手、ナンバークロスやロジックなどのゲームで過ごす。
機内での食事はだいたい2回、「チキン?orビーフ?」などで迷う時は、別々に頼んでおかずを交換し合う。飲物はビールか赤ワイン、機内での水や氷のサービスは遠慮している。硬水を使っているせいか腹を壊すことが多いのでペットボトルを持ち込むようにしている。
長時間だとその時の体調や気分で感じる長さが違う。あっという間に半分過ぎることもあり、まだ3分の1も飛んでいないのに厭きてしまい屈伸運動をしたりトイレに立ったり大変である。
ドラエモンは「どこでもドア」を持っておりドア一つで移動できるらしい。子供の頃あこがれたタイムマシーンとともに実現しないだろうか。
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2008年07月23日(水)
オランダ
スキポール空港は乗り継ぎでよく利用するが、アムステルダム市内に入るのはは2回目で、今回はベルギーから列車で入った。
まずはアンネフランクの隠れ家に行った。前回の旅行で閉館間際で入れなかった恨みがあり、10年ぶりに願いがかなった。戦争の悲惨さをしっかり胸に刻み込んだ。
王宮に移動、王宮は6月から8月の間だけオープンされており、その最終日の最後の客で入ることができた。今回はついているようである。マダムタッソーの蝋人形館やベギンホフなどを精力的に見てまわった。
今回の旅行の最終日になった。ダム広場からレイツェ広場に路面電車で移動、つり革につかまってアムステルダムの街並みを見ていた。私の左隣りにスマートな黒人の青年が立ち、妻の脇には紳士然とした男性が立っている。二人は知り合いらしいので後ろを通れとサインを送るが何かぎこちない。電車の降り際にズボンの後ポケットに違和感を感じ手をやると、まさに掏られようとする瞬間であった。もう一人仲間がいたらしい。そのまま下車、妻もリュックのチャックが開けられ物色されていた。幸い被害はなかったが、初めてのスリとの遭遇であった。
気を取り直して、蚤の市、マヘレのはね橋、メイエル広場などを見てまわり、無事成田行きの飛行機に乗った。
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ベルギー
ベルギーは思い出深く、また訪れたい国である。
首都ブリュッセルはフランス語とオランダ語併用の都市で、案内板はほとんど両方が併記されている。ブリュッセルはフランス語でBruxelles、オランダ語でBrussel、スペルだけみるとオランダ語の方が素直に読める。
ブリュッセルでは、世界で一番美しい広場といわれる「グラン・プラス」が目に焼き付いている。市庁舎や王の家、ギルドハウスに囲まれた広場で、花市でにぎわい、夜10時になると目を見張るようなイルミネーションが登場し素晴らしい音楽とあいまって幻想的な世界が現れる。近くには小便小僧も静かに時を刻んでいる。
ガイドブックでムール貝を食べさせてくれる店に入った。ビールを注文し、ムール貝を待つ、貝殻は備え付けの小さなバケツに入れる。身は小さく貝殻が大きいのでものすごく食べた感じになった。味もあっさりしていて期待通りであった。
4日ほど滞在、ルーベンスの家やフランダースの犬のアントワープ、街なかにロッククライミングができる断崖があるディナン、水の都・ブルージュ、花の都・ゲントなどを訪れた。
移動手段は全て鉄道で、ブリュッセル北駅を起点として旅行者用のチケットで動き回った。検札が来なかったのでわからないが、たぶんそのチケットで正しかったと思っている。
ベルギーは、チョコレート、ビール、民芸品等に人気があるが、ヨーロッパのほとんどの戦争に巻き込まれた厳しい歴史を持っており、現在も言語圏で争いがあるという。ぜひ、幸せな国として存在してほしいものである。
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イギリス
妻の誕生日を挟んでイギリス、ベルギー、オランダを旅した。
ロンドンで5泊、地下鉄セントジェイムス・パーク駅のすぐそばのホテルを拠点に近郊を動きまわった。
到着二日目、朝5時に散歩に出てみる。ウエストミンスター寺院からビックベンの前を通り、ランベス橋などをのんびり歩き約1時間だった。ホテルでの朝食後、セントジェームス・パークを通ってロンドンの中心地ピカデリーサーカスへ。午前中はマイクロバスで市内観光、午後はウインザー城に行った。
三日目、コッツウォールズ見学、大型バスの乗客は4人だけ。たどたどしいイギリス人ガイドの日本語説明で純朴な農村風景を残す昔のイギリスを味わうことができた。バスは、中世の街ストウ・オン・ザ・ウオルト、中世の交通の要所ブロードウェイ、庭園の美しい古城ブレンハイムなどを次々に案内してくれた。インフォメーションで買ったチケットだが安い買い物でラッキーだった。
四日目、市内を動き回った。まず、ハンプトンコート宮殿に行き、午後は大英博物館に向った。博物館は無料で、見学後の喫茶店でのアフタヌーンティーが素晴らしかった。
五日目、正装?してビクトリア駅へ。楽しみにしていたオリエント急行の日である。めずらしく快晴であった。発車するとまもなく食事、シャンパン、ワイン、パン、ズッキーニのスープ、メインディッシュ、コーヒーと続く。ワインが少なくなるとポワロのような雰囲気の紳士が注ぎに来てくれる。田舎の風景やのんびりした牧場等が車窓を流れていく。終着駅では楽団が迎えてくれ、美しい港町をゆっくり散策、至福の一日だった。
六日目、イギリス最終日、そして妻の誕生日でもあった。国際列車ユーロスターでベルギーへ。予約した席を探す、数字の2と9がなく戸惑ったが、日本で言う4と9みたいに避けられる数字らしい。シャンパンとワインで誕生日に乾杯、前菜、メイン料理と続き、味もサービスも最高であった。残念だったのは、楽しみにしていたドーバー海峡を熟睡状態で通過してしまい目が覚めたときはヨーロッパ大陸をひた走っていたことであった。
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2008年07月18日(金)
生涯つけがまわるウイーン事件
前回、個人旅行のことを書いたが、ウイーン、シュドットガルト、フランクフルトに娘を含めた家族旅行をしたときの話。
食事の度に私はビール、娘はアップルザクトを注文、妻はその時の気分で選んでのんびりする。フランクフルトで食べたザワークラクト、最初は酸っぱかったがやめられなくなりすっかりはまってしまった。
ウイーンでは、黒い森で1日つぶしたり、市内を馬車で見学したり市電で旧市街地を何周かしたのを記憶している。
シューンブルン宮殿でのんびり見て歩いていた時、ある日本の団体の後になって追い抜けないので何となくひとかたまりになってしまっていたらしい。すると、我々が頼んだガイドの案内をタダで聞いていると抗議されキョトンとしてしまった。何と心の狭い人だろうと思いしばらく気分が悪かった。
ウイーン最後の夜、ガイドブックに載っている「ホイリゲ」にどうしても行きたくて家族を説得して付き合ってもらった。ホイリゲとは二つの意味で使われていて、一つは「今年の新しいワイン」、もう一つは「新酒が飲める造り酒屋」のことで、ちょうど新しいワインのできたシーズンだった。
ウイーンの郊外にあるホイリゲへタクシーを奮発していった。店内はそんなに大きくはないが40〜50人くらいは入れる感じで、食べ物はバイキングスタイル、ワインはその店のハウスワインオンリーでほとんど「白」だったような気がする。分厚い持ち手のついた300CCくらい入るグラスで出てくる。店員さんが両手にいっぱい持ってテーブルに置いて歩く。
お客さんの間をぬって歩くアコーディオンやギターの演奏が雰囲気をかもし出す。いろいろな国のお国自慢を披露、私らも童謡を紹介したりした。だれかれ関係なく肩を組み輪になって踊ったりダンスに興じ、私たち家族も心から笑い楽しんだ。
表現しきれないがとにかく気にいった・・・。「やばい!」と思ったときは限界を超えていた。いつどうやってホテルに帰ったか分からず、タクシーを汚さないようにビニールを渡されたらしいが全く覚えていない。もちろん大変な二日酔い、妻や娘たちに迷惑をかけるともに大醜態をさらしてしまったのであった。
このホイリゲ事件は、家族が集まるといまでも話題にされる。開き直るしかないので、知らない国でこれだけ飲めるのはすごいことなんだと反論しても全く説得力はない。
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個人旅行とツアー旅行
我が家の旅行は個人旅行とツアーの利用と半々だろうか。
ツアーは旅行会社にお任せでそれはそれで楽しい。個人旅行は行きたいところの本を買い込み、資料を集め、旅行会社と何度も相談し、計画づくりそのものが楽しく、出発までワクワクドキドキである。いよいよ出発、すべてが自分の責任で、いろいろ経験できるが、失敗やエピソードも山ほど生まれる。
それぞれの滞在地で同一ホテルに3泊か4泊と連泊し、あとはその日暮らしで無計画に動いてみる。予約してあるのはホテルと滞在地間の飛行機だけである。到着した日は西も東も分からずウロウロするが、2日目から方向感覚が出てくる。街の中央に日本人用のインフォメーションがあり、大体の事情は呑み込める。
タクシーは贅沢なので電車やバスを利用して動き回る。食事もメニューが読めないときは日本円に換算して1000円程度のものを注文する。
意外に面白いと思ったのは、絵葉書やガイドブックの写真と同じ景色を探し歩き、記念写真を撮ることで、アルバムに絵葉書とその写真を並べて貼って喜んでいる。
最近は不本意な「前期高齢者」?、個人旅行が減り、ツアーが多くなっている。仕事が終わったらまた挑戦してやろうと思っている。
Posted by 管理者 at 08時46分 Comment ( 0 )
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